エメラルドでサファイアを掘る

オーストラリア、東海岸の内陸部の鉱山でサファイアを掘ったことがある。

場所はオーストラリアのQLD州ブリスベンの北にある町ロックハンプトンから内陸へ4時間程進むと行きつく町エメラルド。名前がそうなのに取れる宝石がサファイアという矛盾した小さな小さな町だった。人口は約5万人程。ここにはイアンの弟のグレンが住んでいてサファイア鉱山の採掘権を持っていたので、一度体験してみたいという事で挑戦させて貰った。

ユーカリがリズミカルに並んだ赤い砂利道を走らせるとこんな場所にたどり着いた。辺りの空気はやけに乾燥していて、錆びついたトタンがやけに似合う風景だった。

車を走らせて周りの景色を眺めると、ここには色々なものが転がっていた。錆びついたドラム缶やら、壊れた機械なんかが家の周りに転がっていた。本当に簡素なトタンで作られた小さな小さな家もあった。押せば片腕で全てが壊れてしまいそうな位、簡素で頼りがいの無い家だった。その集落の中にはプール付きの家もあった。僕がお世話になった人はその裕福な部類で庭のさっぱりとした青いプールに綺麗な水を湛えていた。

この貧富の差はいったいなんだろうかと思い、尋ねてみるとサファイアが取れる人と取れない人の違いだそうだ。なるほど、その差は歴然で明快だった。ここ、エメラルドで取れるサファイアは主に色の濃いどちらかというと藍色がかった深い色のサファイアだった。よく見る透明で色の薄いサファイアはスリランカが有名でスリランカンサファイアと呼んだ。僕が以前手に入れたリングに付いていたサファイアがそれだった。でも中には色々な色のサファイアもたまに取れるそうだ。ピンクや黄色いサファイアなんかもある。半分が黄色でスモークグリーンなサファイアもあった。実際に見せて貰った巨大なサファイアがこれだった。

一緒にサファイア採掘したイアンとグレン
一緒にサファイア採掘したイアンとグレン

黄色味かかった濃い緑色、印象に残る深い色をしていた。

ここには一攫千金を狙うギャンブラーが世界各国から集まっている。その中に年老いたフランス人がいた。このおじいさん、運から見放されたような人でまったくと言っていい程サファイアが取れなかった。そのシーズンも取れなかったらしい。シーズンというのはここの鉱山は山の中に堀りに行くのではなく、平地にまず垂直に堀りそしてそこから横に掘って行くのがセオリーになっていて、雨が降り続くとサファイアの堀った穴の中に水が貯まるので採掘出来なくなってしまう。だからその間は掘る事が出来なかった。それから鉱脈には採石しやすい一帯「鉱脈」といってその筋に沿ってサファイアが採れたりするのである程度採掘者がその周りに密集する。だから採れる場所をある程度推測出来るらしい。そのおじいさんは、それでも成果が芳しくなかった。ある日その息子がこのおじいさんを訪ねてフランスからやってきた。父親の仕事を一通り見ていたが大して興味がなかったのだそうだ。そんなある日、おじいさんが地下から掘り上げ山積みになって捨ててあった鉱石の残骸辺りを息子が散歩していた時に、ある一つの大きな石が目についた、拾ってみるとなんとそれが大粒の透明なサファイアの原石だった。おじいさんが洗い出してしっかり確認して捨てたはずの場所からそれが出てくるとは、おじいさんもビックリしたらしい。価格は簡単に見積もっても最低1000万円以上の代物だった。

そんな話しを聞くと、夢が現実味を帯びてきた気がしてならなかった。本当に大きなサファイアが出てきそうで、掘る前からテンションが上がった。早速、家の横にある鉱山の穴に行ってみた。穴の大きさはそれ程でもなく、太った白人男性が一人まるまる入る位の大きさだった。

穴はゴツゴツとした鮮やかな赤茶色だった。中を覗くと黒いグラデーションが底に行く程かかっていて、下は輪をかけて真っ暗だった。穴の横に縦型階段が寄り添うように付いていてそこから下に降りられるようになっている。それを伝って降りる時、錆びついた感触が手に伝わり、下に行くほどひんやりとしていた。時々地下に住みついている以上に足の長いきゃしゃな蜘蛛(今までこんなクモは見た事がなかった)がいたりカマドウマと呼ばれるコオロギめいた部類の巨大なものが徘徊していた。なるべく意識しないように、見ないようにハシゴを下まで一歩一歩降りて行く。やっと麓(ふもと)にたどり着くと地上の光がはるか上の方でぽかんと小さく開いていた。30m程下降した。床はやや大きめの石でゴロゴロしていて歩きづらかった。降りてきた階段を改めて見る。下部にレールのようなものが取り付けてあって、岩石を機械で上に運ぶ事が出来るようになっていた。

穴は白人男性が、ややかがんで進める位の大きさだった。所々に蛍光灯が設置してあって坑道は明るい。進むと時々送風機が設置されていて、30m程奥に進むと突き当たった。そこには一輪車とつるはし、スコップが馴染んで佇んでいた。初めからそこにあったかのように。早速3人で掘りだすことに決めた。それぞれ思い思いの場所に決めて掘って行く。サファイアを掘る時には大き目の石の下の少し柔らかい部分を掘り出す事を教えてくれた。そこが比較的サファイアに遭遇しやすいポイントらしい。

「サファイア鉱山を掘る」

聞こえはいいけれどやっている事は土方とまったく同じだった。サファイアは岩石を地上に上げて洗い出しの時になって初めて見つける事が出来る。だから掘っている時点ではサファイアが光っている訳でもない。まったく地味だった。つるはしの先端でポイントをガツガツと堀り出し、黙々と一輪車に積んでいく。意外に岩盤はもろく、そして掘り出しやすい。この作業を1,2時間程繰り返した。

一輪車に「夢」まで載せた地味な岩石は、機械仕掛けの滑車の入れ物に乗せ換え、それが地上まで運ばれた。あとする事はただ一つ、サファイアの原石を見つけ出す事だ。巨大な洗い出し装置に運んできたボロボロとした乾いた小さな岩石群を、潤いのある「流水の坂」いわゆる洗い出しの通路に乗せて自分の元へと運ばせる。そこから自分の目で、原石を摘み取るのだ。作業は更に地味になっていった。小さな粒粒とした石の中を丹念に探していく。初めはまったくどれがサファイアの原石なのか分からなかった。スペシャリストのニックが一つ見つけ、僕に差し出した。その石は割れたコーラの瓶のような透明な石だった。オーストラリアのまぶしい陽射しを浴びると深い青が、太陽を浴びた海の表面のようにキラキラとした。

見つけた。

そこから3つ程の「蒼い原石」を見つけた。サイズは小指の先端程もない、小さな小さなものだったが、心は爽快だった。

 

「人生は結果ではなくプロセス」

その石達がそう教えてくれた気がした。