Australia's Got Talent 収録当日

2013年9月20日

Australia's Got Talent 当日

その収録日の金曜日はバージンオーストラリアでケアンズからのフライトだった。PM7時にQLD州都ブリスベンに入り。空港からそのままQPACコンサートホールに直行、輸送した自分のイーゼルとキャンバスを確認する。

 キャンバスに多少のダメージはあったものの許容範囲内、会場の床やコンサートマネージャーと打ち合わせをして詳細確認をした。コンサート会場は3階構造で「立派」という言葉があてはまる空間で、自分が思っていたよりも小さかったが、とても気品があった。ステージ上にはLEDライトのバックウォールがこれでもかとばかりに埋め尽くされていて、さすが巨大番組プロダクションだなと思わせられた。

 周りでは黒い服を着たスタッフ30人程が騒がしく行き交いしている。ステージには空中から吊るした柔らかなロープに7、8人のダンサーが宙を舞ってリハーサルをしていた。中国系と白人の男女混合チームだ。上半身は筋肉隆々で日頃の鍛錬の様子が良く読み取れる。出演者に違いない。床は光沢のある真新しいブラックで、どこを見ても傷がなかった。そのツヤツヤなフロアにLEDライトが光っていて、雨の日の水溜りに移った都会のネオンを連想させた。

 審査員は、イギリス人コメディアンのドーン・フレンチ、スパイスガールズのメンバーの一人、ジンジャースパイスだったジェリー、辛口批評家のカイル。ん、一人増えて4人になっていた。ティモマティックと書かれていた。オーストラリアのシンガーだ。別に誰になろうと問題ない、自分の表現をするまでだ。

床のチェックや簡単な打ち合わせをした後、番組が予約したホテルに移動。移動の際には必ず番組がお金を出してくれた。どんなに短い距離でも。

 

ホテルは思っていたよりも小さかったが、気品はなかった。必要最低限の空間に必要最低限のものが備わっていた。小奇麗ではあった。

最近は夜中に目が覚め、そこからイメトレが頭の中で始まってしまう為、かなりの寝不足だった。今夜も頭の中で構想が始まったのをきっかけに頭の中でレースが展開、今夜もきっとうまく眠れない。

 

朝は太陽が昇る頃に目が覚めた。重い体を気力で起こし、身支度を整え、会場にタクシーで移動。8時半入りの予定だった。服装は一番初めのオーディションの時の服装でという条件付きだった。それでは寒いのでコートを着た。こんな時の為のケアンズで買っておいたコートだ。

 

天気は最高だった。太陽は斜めからあたたかな光を放ち、自分に力を与えてくれているような気がした。真っ青な青空、冷ややかな強い風。寝不足だが、今日は特に気分がいい:)

 応援に来てくれたノーリアとクライドと合流、力強いサポーターだ。会場入りしようとしたがなかなか準備が整っていないらしく1時間遅れ。そのまま外で色々と屋外撮影ロケを促された。

 アジア人という事でバリ寺院のあった場所から歩いてくるという設定になった。テレビ番組らしいセッティングだ。

 屋外収録した後はあまりにも気持ちのいい天気だったので近場のオープンカフェで、3人でコーヒーを飲む事に決め込んだ。これだけゆるいのなら多少の時間くつろいでも問題ないだろう。勿論時間配分は頭で計算して飲んでいた。それにしてもなんて気持ちのいい太陽の陽射しと深い真っ青な天気だろう!それだけで今日は素晴らしい日だと思わせられる。そんな雰囲気でホワイトチョコとクランベリーミックスのマフィンを食べながらカフェラテを飲む。

 

「最高」だった。

 

そろそろ時間だなと思い、無難に会場入り。前回と同じTVではお決まりの番号シールを貰い、左ももに貼り付ける。Q0053と書いてあった。狭い無機質な通路を通って広いウェイティングルームに通される。

 部屋は長方形で広さは30m四方程、左手にはカメラが三台とインタビュアーがカメラマンと音声とセットになっている。右側にはライトが周りについた化粧台と、センターには大きなAustralias Got Talentの大幕がこれでもかというぐらい幅を利かせていた。それからLEDで発色されたAGTのサインが所々に縦長に構えている。椅子は全部で百席ほどが無造作に配置されていて、間の抜けた歯並びのようだった。他にも自由の利く移動型カメラが二台と小型カメラが一台、設置してあり四六時中フル稼働していた。

 今日の出演者は10代半ばのダンスグループが大半を占めていて(30人ぐらいか)他には楽器をかき鳴らす者、ウレタン製のヒーロースーツを纏った若者、小さなパフォーマーから犬まで様々。昼の部は全部で15組程だった。

 やがて呼ばれてインタビューをされた。僕をインタビューした白人女性は軽いイギリス訛りの英語を話した。今回の収録で一番困ったのはこの時、あたかも自分で話しているように見せかけるために会話ではなくしっかりとした文法で話さなければならず、これが不慣れなせいか一番苦労した。おそらく自分の顔がTVに出たら不安さが表れているだろうと思いながら質問に答えた。

 この部屋からはトイレ以外は出る事が許されず、一日中缶詰めの状態。スタッフが、インタビューしている時のバックの映り込みをすごく気にしていて出演者やサポーター達を色々とコンスタントに移動させた。それも全員平均十回以上。みんな黙って言う事を聞いていたがすこしうんざり気味だった。それを謝りながら平然と行うスタッフはかなりのプロ根性だ。

 

午後一時を回ると出演者が一人一人消えていく。出番が近づいている事にみんな緊張していた。隣には芸をする白い子犬がおとなしく、まだ自分の番を待っていた。少し気の毒に思った。自分の番が来たのは午後4時頃、その犬の出番も同じぐらい。かなり後の方で後ろから5番目だった。平常心を保ちながらステージ裏に向かう。

 辺りは暗めで左の方から聞き覚えのある審査員の声が聞こえる。辛口批評家カイルの声だった。時折歓声、どよめきや拍手、バツを押すとなるブザー音がこだまして、迫力と力の象徴のような重みが伝わってくる。

 一緒に連れてこられたケアンズ出身の若者二人と隣り合わせに座った。結構緊張している様子。自分の支えられている人の為にも大志で自分のベストをするまでと伝えリラックスさせた。

 それからバックステージに予め置いておいたキャンバスを取りに行き、そこからサイドステージに移動する。この移動時も撮影されていて、何回も通路を往復させられる。鏡の前で待つように言われ、椅子に座らせられると横でここでもカメラを回される。別に緊張していなかったので何事も起きないよと伝えたかったが、まあいい。好きなように撮らせた。

 それからステージ左側に移動させられると前にはパフォーマンスしている光景が見えるようになった。太ったスーツを着ていた若者がスパイスガールを歌いながらご機嫌で脱いでいた。スパイスガールズのメンバー、ジェリーがすかさず横に並んで一緒に歌っている。会場は拍手で盛り上がっていた。

 それが終わるまで待っていた時、カメラマンが横で自分を絶えず撮影していた。

 いよいよマイクを付けられ手順を確認すると、持ってきたイーゼルがステージマネージャーの前で設置された。ホスト役のオージーの女性とまあ、ありきたりの会話を交わし、そのままステージへ。キャンバスをイーゼルに置き、マイクを取り、自分の名前や幾つかのセレブジャッジからの質問に答えた。

 

やがて音楽が鳴り、「自分」を見せつける時間が来た。

 

描きはじめの15秒程でいきなりブザーが音を上げた。一人にxを出された。おいおい早すぎだろうと一瞬思ったが、気にせず力強く描き進める。調子は良かった。いい感じに音とシンクロしていて気合いの入った線が描けていた。

 キャンバスをひっくり返すと背後から歓声が聞こえた。そのまま両手でクライマックスに迫った音楽と共に全体像を描き上げた。最後のアクセントにターンを加えてフィニッシュ!リハ―サル以上のベストな絵が描けたと思った。ドッと大きな歓声が後ろから聞こえた。

 振り返り、マイクを手に取り、審査員のコメントとやりとりを始めた。

 スパイスガールズのジェリーからの第一声。「あなたの馬は乳がある。」一瞬聞き間違えたかと思ったがそのように繰り返す。第一声がそう来たか、予想外のコメントに一瞬彼女の感性を疑った。それからティモマティックがエンターテイメントとしてはどうだろう?と意見する。続けてひっくり返しても何を描いているのか分からなかったと言ってきた。勿論最後まで分からないようにわざとそのように描いているから当たり前だと言いたかったが止めておいた。これはあくまでも番組だ。だが、嬉しい事に会場からはブーイングが出て自分を後押ししてくれた。観客は自分のパフォーマンスを気に入ってくれたようだ。心強いサポーターだった。

 

争点は「描く行為」がエンターテイメントとして認識してもらえるかどうかだった。

 イギリス人コメディアン、ドーンからは賞賛のコメントを貰い、意外にもあの辛口カイルからは絶賛された。彼らにはエンターテイメントとして受け入れて貰えたらしい。

 色々とやり取りが繰り返され、ティモマティックがx、ドーンが○、カイルが○でジェリーの番、これでOKでればセミファイナルの切符が手に入る。彼女は悩んでいた。あの辛口カイルが彼にセミファイナルで大きなスケールで描かせてみようよと推してくれている。

 彼女が遂に口を開く。「怒っている馬は嫌い。」。。。そんな一言で決まった。

 結局、意見は真っ二つに分かれ、セミファイナル進出が流れた。

 

応援してくれた会場の皆さんにお礼を言って手を振り、ステージ脇のホストと抱き合い最後のコメントを交わすと暗がりに滑り込んだ。

 その後もインタビューがあり、それからノーリアとクライドと再会。励ましの言葉を貰い嬉しかった。ここでもコメントを残し、後姿を撮影された。

 まだ続いているTV収録の音を聞きながら荷物をまとめ、機材をケアンズに送る準備をしていると、スタッフが駆け寄って来て「情熱」が伝わって素晴らしかったと告げてくれた。それを聞いた時は心から嬉しかった。

 

建物の外に出ると辺りは青にオレンジが差し掛かっていた。応援してくれた友人に会って話しをしていると、観客で見ていた人達だろう、賞賛の言葉と一緒に写真撮らせてくれと言われた。その後、街を歩いていると何人にも良かったよ!と言われ「伝わった」と思わせて貰えた。はっきり言って審査員にはいささか納得いかなかったが、友人をはじめ、伝わったと実感させてくれた人達も沢山いて、結果「最高」と言える一日だったと思う。勿論、周りの応援してくれた皆さんに申し訳なくて始めはやっぱりガッカリしたが、今なら確実にそう言える。

 

今回のこのAGTのお蔭で本当にスキルアップ出来たし、はじめは2分で絵が描けないと思っていたが自分の納得するレベルまで引き上げられたという収穫は本当に大きなものだった。

 

人間やれば出来る!!

 

この番組、応援してくれている家族、友人やサポーターの方々に感謝をし、更なる進化を遂げて前進あるのみ!また応援してくれている人たちのために奮起してこれからも駆け抜けるつもりです。